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"物語のかけら"

2018.11.3  CONTEXT-S
塩谷 直美 × 中嶋 幸治

更新日 / 2018.11.19



塩谷さんは、札幌でも何度か展覧会に出品されています。近美のコレクションになっている大型の作品『月の空』は、昨年、近美で開催された「ワンダーミュージアム」のメインビジュアルにもなっていました。また、2014年には、「アトリエSachi」さんでも、器の作品の展示をされています。

今回の展示は、オブジェを中心とした展示ですが、週末のみカフェを開設し、塩谷さんの器で珈琲や焼き菓子を楽しんでいただいています。

器とオブジェの作品の両方をご覧いただいていますが、同じガラスでも、まるで違う作家の作品かと思うほど、随分と表情が違うように思います。制作するうえで、意識の違いはありますか?

塩谷

二重人格だと思います。いや、嘘です。オブジェを作るきっかけになったのは、フランスのマルセイユに仕事で滞在していたときだと思います。そこには、アラブ人街があり、道端で、ただぼーっと空や月を眺めている異国の人たちを見て、『異国の月』という言葉が浮かびました。そんな風に、見た景色を詩に書いたり、言葉を書き溜めていました。1年間ぐらい書き続け、ふと、これを形にしたらどうなるだろうと思い、紙で、月や家、家にドアや階段をつけてみたり、紙の工作をしていました。

その詩と紙の工作を目の前にして、これをガラスで作ってみたら何か表現ができるのではないかと思い作ったのが、最初です。

フランス人は理屈っぽいので、モノを作るときや、何かを表現するうえで言葉が先に出てくる傾向があります。ガラスは、アメリカや日本ではとても盛んでしたが、テクニックが先行されていました。「この色は、私にしか出せない色なのよ」とか、誰が先に発明したのかという競争意識があり、そこに少し疲れていました。そんな時に、言葉で表現する面白さを知り、今のような作品が生まれました。もし、滞在先が、アメリカやオーストラリアだったら、また違ったのだと思います。今があるのは、マルセイユだったからだと思います。

中嶋さんの作品からも、言葉を大切にされている印象を受けます。今回の作品のタイトルに、詩が使われている作品があります。壁面にある絵画作品ですが、これらの作品のタイトルは、「Cast a cold eye, On life, On death, Horseman, pass by!」、アイルランドの詩人、ウィリアム・バトラー・イェイツの詩です。

詩は、読む人のその時の感情や状況によって、受け手のとらえ方が随分違うと思います。この言葉を選ばれた思いを聞かせてください。

中嶋

この作品を描き始める前に、札幌の円山に登り、北海道神宮を参拝する100往復を行っていました。お百度参りです。その頃、気持ちが不安定でしたので、自分の身体を疲れさせて誰かのために祈ることを、走ることで消化しようと思っていました。一日何枚も写真を撮りながら、走り、往復していました。その時に撮影した写真も、壁面に展示しています。

その頃、あるイギリス文学を研究している方に出会い、詩人を何人か紹介していただきました。図書館に行ってその詩人を調べ、イェイツに辿り着き、本屋で詩集を買いました。岩波文庫から出ている対訳の詩集です。この詩は、その詩集の最後の詩の3行で、イェイツのお墓にも刻まれています。「生も、死も、冷たい目で見ろ。騎馬の者よ、行け!」。死生観というのか、冷静に見つめる詩が、自分がお百度参りをしている姿とリンクし、走りながら、この3行の詩が頭の中でリフレインしていました。

それから、色々なことが起こり、自分の両親が病気になり、札幌と実家の青森を往復する日々が続きました。生と死を深く考える時期が生まれ、その最中も、この詩がリフレインしていました。言葉にとらわれていたというより、何も考えられずに身体を動かしているなかで、日本語では表すことができない、英語のリズムが頭の中にある状態が、心地良く感じました。

青森で親の手術に立ち会い、摘出された腫瘍をお医者さんが見せてくれました。「触ってごらん」と言われ、その触ったときの感触、この世のものとは思えないすごく綺麗な色、鮮血、どす黒い色と青い液体の色が混ざった、まるで鉱石のような色を見せられ、触って、衝撃を受けました。グロテスクで怖いモノでもありますが、母親の身体の中のモノを触ることができた喜びの感情も混ざり、記憶に残っています。

この絵を描き始めたときも、走っているときの風景を描きたかったのですが、100往復をしている最中に、母親の出来事がありました。その美しいものを見た触感のインパクトが大きくて、描くスピードが上がり、1日に十何枚も描き、この詩の原文が頭の中を流れ続けました。それで、この詩を引用し、今回の作品のタイトルにしました。その制作の出来事を、始まりから終わりまで表したのが、古いカルテケースのインスタレーション作品です。

塩谷さんの作品のモチーフについてお聞きしたいのですが、「椅子」や「月」をモチーフにした作品がとても印象的です。週末のカフェでも、塩谷さんとご相談しながら準備を進め、「椅子」と「月」のクッキーもお付けして焼き菓子を提供しています。モチーフに対する思いを聞かせてください。

塩谷

これを作ったから、私のトレードマークみたいにはしたくないと思っています。「月」は、「月」を作りたかったわけではなくて、「夜」という時間を表現したくて使っています。太陽ほど大きな役目ではない気もするけれど、どこの国の人でも、ふと見上げて故郷を想うような、そんな「時間」を意識して作っています。

一つ一つの作品に思いがあるので、モチーフの印象は、観る人の印象なのかなと思います。

この椅子の作品「ひとり」は、一脚の椅子です。でも、“ひとり”なんだけど、実は舞台に立っている。島に一人でいるような孤独感を感じることがあるかもしれないけど、みんなが見ているところで“ひとり”なんだよ、みんなそうなんだよ、そんな思いで制作した作品です。

今、中嶋さんのお話を隣でお聞きしながら、いつか、これは作品になるなと思いながら聞いていました。椅子は背もたれがあるので、方向がありますよね。みんなを向いて、自分の作品をみんなに語っている時間、聞いている人たちの表情を見ている、こういう時間をいつか作品に作りたいなと思いました。

この空間で、今体験していることが、形になることもあるのでしょうか。

塩谷

そうですね。四角い箱の中に人が集まり、一つのことを見ているのに、それぞれ違うことを感じている、そんなことが、この箱の中に凝縮していると思うとそこに面白さを感じます。いつか、形になると良いなと思います。

中嶋さんは、“風”をテーマにした作品も多く制作されています。今回の展示にも出品されていますが、“風”には、どのような思いが込められているのでしょうか。

中嶋

風を最初に意識したのは、2007年の3月末頃、札幌に来たばかりの時でした。雪がまだ少し残っていて、氷がはり、青森とは全く違う空気でした。何とかこの空気感を感じたいと思い、地図を見ながら歩き回っていました。宮の森周辺の山側を歩いていた時に、街灯がオレンジ色に灯っている景色を見て、強烈な印象を受けました。木の葉がさわさわと揺れているその姿を見た時に、とても簡単な感想ですが、「風が吹いている」と思いました。今ここに自分が生きていて、最初に感じた自然の印象だと言い聞かせ、言い聞かせていたら、それはもう作るしかないと思いました。それが、風を意識した始まりです。

それから、色々なことを試みました。風の強いモエレ沼公園に出かけ、土をスコップで掘って、持ち帰り、オレンジ色の袋につめて作品を作ったこともありました。ただ、このような紙の作品になるまでは、長い時間がかかりました。

最後に、お二人が使われている素材、ガラスと紙について、どんな思いで向き合われているのか教えてください。

中嶋

展示している封筒の作品は、新しい紙は使わずに、自然に集まってきた紙だけを使って作っています。その集まってきた紙を使って丁寧に作っているときに、この紙を使っていた人の表情や感情のようなものが見える瞬間があります。そういう瞬間を繋ぎ合わせて、まさに「物語のかけら」のようですが、一つのものを作り上げる行為で、封筒は生まれました。素材に対する思いというより、そういうものしか使いたくない作品です。その一言につきると思います。

塩谷

なぜガラスを始めたかというと、高校生の時に、大学を受験した一つ上の先輩が発した一言がきっかけでした。その先輩が多摩美のガラス科を受験し、落ちてしまい、「多摩美のガラス科に入りたかったのに、あきらめなきゃな・・」と、ぼそっと言った一言でした。“ガラス”という分野があることを初めて知りました。その後、自分も受験をする年になり、美術家になりたくて美大を受験しました。私にいったい何ができるんだろうと思いながら、5つの大学を選び、すべて学部を変えて受験しました。結果は、多摩美のガラス科のみ合格。その時期に、東京の近代美術館で開催されていたガラスの展覧会を観て面白そうだなと思い、ガラスを初めてみようかなと思いました。

他の素材にも挑戦しましたが、長く続きませんでした。ガラスは本当にやっかいな素材で、お金もかかるし、やめることができないのは自分でもおかしいなと思いながら、まだやっています。次が浮かぶ、気づいたら次を作っているので、ガラスが好きなんでしょうね。先ほど、中嶋さんを作品にしたいと少しお話しましたが、「風を語る人」という言葉が浮かびました。

会場からのご質問:今回の展示は、個展とは違って、誰かの作品と共存するという形ですが、お二人の感想を聞かせてください。

中嶋

このお話を最初にいただいた時にまず思ったのが、塩谷さんとは連絡を取らないでおこうと思いました。分かり合おうとせずに、自分のやっていることだけをやってみようと思いました。二人展であることを意識せずに準備を進めてきました。意識していなかった分、搬入してみて感じたのは、合う合わないというよりは、一人でやっているときと同じ感覚になっていると思いました。「違和感がない」という言葉が正確かもしれません。

そんな気持ちで進めていたので、変にコラボレーションをしようとは思わなかったんですが、一つだけ、コラボレーションをしている作品があります。僕のドローイングの練習帳に、塩谷さんの「かけら」を乗せたり、周りに置いた作品です。この作品は記念というか、楽しみたいと思い行いました。

塩谷

基本的に、グループ展は苦手です。昨日までDMの作品しか見たことがなかったので、設営まで分かりませんでしたが、やってみて120%良かったなと思っています。それは、この場所と、二人の作品、札幌という街、11月という季節、すべてがあってこその展示だったと思います。私も、二人展であることを意識しなかったことが良かったのかなと思います。

友人と二人で展覧会をするときは、相手を意識することもあります。主人もガラスをやっていて、主人と2人展をやることもありますが、制作途中を側で見ることができるので、相手の色が強ければ、こっちは透明にしようかなとか、制作中に相手を意識しています。一期一会とは、こういうことなんだなと思います。

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